MAYHEM/Attilaインタビュー!
遂に、遂にのMAYHEM初来日!
ホントにこれを待ちわびた人も多いことでしょう!
ブラックメタル・シーンの真打ちと言える存在であり、知名度、影響力を考えてもブラックメタル・シーンにおいてこのMAYHEMの右に出るバンドは存在しない。そのMAYHEMが遂に我々の前にその姿を現す。これは一つの事件だ!
今回その初来日を果たすMAYHEMに電撃復帰を果たし、すでに昨年Sunn o))) のメンバーとしても来日経験のあるAttilaに緊急インタビュー!!!
Q. 昨年リリースされた最新作「Ordo Ad Chao」でMAYHEMにカンバックしたわけですが、MAYHEMに戻った一番の理由は何でしたか?
Attila : 1991年からMAYHEMは俺の人生の一部だ。それ以来ずっと俺はバンドの一人なんだ。ただ1993年に意外なトラブルにぶつかり全てが崩れ始めた。それからバンドは2004年まで違うメンツでやっていて、ようやくまたヴォーカルの入れ替えが必要となった時に自然に彼らからまた連絡があった。俺はその連絡が来てすごく嬉しかったんだ。なぜかと言うとMAYHEMはただのブラック・メタル・バンドではないから。これはほんとにユニークな音楽で、どっかの研究所のようなんだ。MAYHEMのアルバムを全部見ると一枚一枚それぞれ全然違う。全てに新しいビジョンがあって毎回オリジナルでレプリカなんか無い。こういうアバンギャルドな光景があるから好きなんだ。そのうえに、音楽史ではもっともエクストリームなバンドで、俺に言わせると純粋にエクストリーム・アートだ。俺がバンドに戻ってからまたライブをやり始めて「Ordo Ad Chao」を作曲するまでに2年もかかった。そしてやっと春にリリースされたんだ。
Q. MAYHEMを離れていた間も、メンバーとは交流を続けていたんですか?
Attila : もちろん。トラブルが終わったらまた連絡を取り合っていた。1993年に全ての知り合いを1度失った。それまで会ってた人達は刑務所に入っていたか、亡くなっていた。再結成後、1998年にイタリアでメンバーと会った。そしてライブで俺はMAYHEMのステージでゲストとして歌っていた事も俺達の深い関係を表していると思う。これが俺の初めてのMAYHEMでのライブですごく良い経験だった。それから普通に皆と連絡を取り合っていたよ。
Q. あなたが、MAYHEMを離れていた間に、ブラックメタルのシーンにも色々な変化があったと思いますが、どういぅた部分がシーンで一番大きく変化したと思ってますか?
Attila : 俺の初のブラック・メタル・ライブは1986年にその頃やっていたハンガリーのバンドTormentorだった。当時ブラック・メタルと言うジャンルはまだはっきりとしていなくて、ただ最もエクストリームでまったくの新しい物だった。Tormentorのファースト・アルバム「Anno Domini」は当時の政治的なシステムでハンガリーではリリース することが出来なかった。しかし、この音源はカセットに残されていたから仲の良いハードコアのファン達にコピーをしてあげてそれが更にコピーされて広がって行った。そのうち誰かがノルウェーにこの音源を送ったんだ。ちょうどノルウェーではブラック・メタルが生まれ始めていた時期だった。「Anno Domini」はすごく大きなインパクトがあって、他のアーチストにもすごく影響を与えたようだ。例えば、Darkthroneのドラムはこのアルバムを聞いてDarkthroneをデス・メタルからブラック・メタルのスタイルに変えたと言ってくれたよ。他にDissectionと言うバンドはうちらの曲をカバーして演奏していた。その曲がTormentorのカバーだったとはほとんど誰も知らなかったけどね。そして当時のMAYHEMのボーカルで自殺して亡くなった人は俺の大ファンだったようだ。だから当時のMAYHEMのギターは俺をハンガリーで見つけた時にすごく興奮していて新しいボーカルは俺しかいないと言ってた。しかし、彼もその後殺された。そして色々な所でたくさんの教会も放火にあった頃だ。
ちなみに、ブラック・メタルで始めてキーボードを使っていたのがTormentorだった。1993年後、MAYHEMとBurzum周辺に混乱が起こり、MAYHEMが崩れた後、自殺の後、殺人、教会放火の後と監禁の後、残されたのは俺とオリジナルのドラマーだけだった。そして俺達2人の間で連絡もなくなってしまった。
同時に俺達が作り上げたブラック・メタルと言う新しいジャンルの波に乗っていた他の若いバンド達はこの新しいシーンと共に爆発した。昔では不可能で信じられなかったけどブラック・メタルのバンドはいつの間にか世界中でツアーをやるようになっいた。現在、シーンは何倍も大きくなって、嬉しい事に、このジャンルには数千ものバンドがいて、俺達の音楽を聞いている何十万人のリスナーも存在するようになった。
Q. 最新作「Ordo Ad Chao」は実験的な要素の強いサウンドに感じましたが、それはあなたがMAYHEMを離れている間のソロ活動やSunn o))) 、BURIAL CHAMBERTRIOでの活動等の影響があったのですか?
Attila : これらのバンドは全て同時に活動している。Burial Chamber Trioはとてもエクスペリメンタルな音楽でフリーな要素が満載だ。もっともエクストリームなコンディションのステージで俺の新しいボーカル・テクニックを試すのにぴったりだ。MAYHEMは作曲されストラクチャーが出来ていているけど、それとはまったく違う。そしてテクニカル要素を持ちつつ音楽的要素も含まれている。なのでBurial Chamber TrioやSunn o)))で学んだ事はMAYHEMにも使う事はできる。そしてMAYHEMで経験する高い音楽的要素は他にも役に立つ。各バンド、それぞれに違うスタイルだけど同じようなメッセージを持つからバッチリなコンビネーションだと思うね。
Q. 最新作「Ordo Ad Chao」はここ数年のMAYHEMの作品の中でもダントツな出来だと思ってますが、欧米での評価やリアクションはいかがですか?
Attila : ありがとう。多くの人達は最初に聞いた時はびっくりしてたようだね。予想してた物とはかなり違っていたようだ。俺達のコンプレックスなメッセージを理解してくれるのには少し時間が必要だったと思う。でも、いつの間にか皆に受け入れてもらえる時が来て良いレビューなども出始めた。例えば、ヨーロッパでもっとも有名なエクストリーム・メタル雑誌では「Album of the Month」や「#2 Album of the Year」にもなった。それと、ノルウェーのグラミー賞で「ヘビー・メタル部門」で受賞もしたよ。
Q. 最近では、SOUTHERN LORDやHYDRA HEADのように元々は音楽性の違うレーベルがブラックメタルを積極的に扱っていますが、ブラックメタルのどういった部分がそういった人達を魅了しているのだと思いますか?
Attila : アメリカではブラック・メタルが受け入れられるようになったのは、他の地域より少し遅れている。アメリカでは最近この音楽を発見して認め始めたばかりだ。まだアメリカではアンダーグラウンドから出てきたばかりでまったく新しい物なんだろう。しかし、90年代のヨーロッパのブラックメタル・シーンは「オールド・スクール」なスタイルしか取り入れなかったり、他を理解しようとしなかった。だから多分アメリカでは今多くのレーベルがオールド・スクールのブラック・メタルのバンドと契約するようになっているんだと思う。
Q. あなたはSunn o)))、BURIAL CHAMBER TRIOのメンバーとして日本でライヴを行ってますが、その時の日本の印象はどのようなものでしたか?
Attila : すごく良かった!俺にとって日本は一番ベストでもっとも面白い国だ。日本の人はとても優しくて温かい。今回はMAYHEMでまた日本に行けるのはすごく楽しみだ。
Q. いよいよMAYHEMとして初めて日本公演が決まりましたが、あなた自信は来日公演にはどのようなことを期待していますが?
Attila : すごく楽しみにしている。フェス的なライブだから普段の単独ライブと少し違う。単独でのショーの要素は少し薄くなるけど、その変わりにたくさんの人の前で演奏できるのだから最高だ! 基本的に全てのアルバムから曲をチョイスする予定だ。もちろん新しいアルバムの曲も。
Q. 長くMAYHEMの来日を待っていた日本のファンにメッセージをお願いします。
Attila : 読んだ情報や噂は全て忘れろ!君の現実を他の人の意見に決めさせるな!死の後での希望や約束を信じるな!
人間より上のレベルの存在なんかない。神がいる証拠はどこにも無い。宗教はスピリチュアルな刑務所だ。
人生を尊敬してエンジョイしろ。音楽は俺達の最高の言葉だ。
誇りに思え、燃え続けろ、そしてステージ前で会おう!