RISE FROM THE DEAD

PROFILE

S.O.Bを脱退したナオトと、OUTOのミッチュンとモツ、元CROWのタクが集まり89年に結成。

90年に大阪のインディー・レーベル、ブロン・レコードより限定3000枚でソノシート「ハラグロ」をリリースするが、即完売するなど、結成当初から高い評価を得ていた。

91年にビデオ作品「マ二アックニ・ビュー」をリリース、さらにスプリット作品に参加するが、ベーシストであるタクが脱退。

その後元コンクリート・オクトパスのヤンボーが加入。それによりさらにR.F.Dのオリジナリティを確立していく。
93年には待望のファースト・アルバム『ロック・ファン・デッド』をセルフィッシュ レコードよりリリース。
TAG RAG RECORDSより94年にリリースしたEP「ウォッチ・アウト」は限定700枚分を全て予約で完売。

95年には2枚目となるアルバム「825」をリリース。

続いて「 レッグ・カット・オア・ダイ 」をリリース。しかしその後、精力的な活動が仇となり、メンバーに重いストレスとして跳ね返ってしまい、活動を停止。

ヴォーカル・ナオトはS.O.Bに復帰。しかし2000年に入り、S.O.Bを再び脱退したナオトと、ミッチュンが再びユニットを組み音源を制作。

そしてライズ・フロム・ザ・デッドとしての再開を決意した2人は、元ニューキーパイクスのノリと、ヴォリュ-ムディーラーズのテツロウをギターに迎え、活動を再開。

2000年のソウル・ブレインズの日本ツアーでのライヴを皮切りにライヴ活動をスタート。

さらにバッド・ブレインズのトリビュートアルバム「トリビュート・トゥ・バッド・ブレインズ」に参加し R.F.D流の見事なカヴァーを披露し、健在ぶりを証明した。

2001年に入るとさらに動きは活発になり6月にはミニ・アルバム「ミュージック・ミュージック・グレート・ミュージック・カンパニーX」をリリース、さらに夏には大阪マザーホールでエゴラッピンやミッシェルガンエレファントなどと共演、R.F.Dの存在感をみせつけた。

その後、テツロウが脱退。プログラミング担当のジョニーとギターにシュウイチを加えさらに音楽性の幅を広くした彼らは2002年、東芝EMIより先行シングル「 カモンスカイ」(Feat GAS BOYS)に続き7年ぶり通産3作目となるアルバム『2マウス・4アイズ』をリリースして満を持してメジャーデビュー、その後、数々のオムニバスアルバムに参加する。

そして 2004年、オリジナルメンバーのナオトとミッチュン以外を解雇する。