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流行っている音楽だけでは、出会えないものもある。内省的な部分を端正に描き「オレのムードを楽しんでくれよ」と囁いた前作「ディグ・マイ・ムード」に続く本作「ザ・コンヴィンサー」。まったくこのオヤジはどうやったらこんなに人の心を鷲掴みにするような洗練されたメロディーを世に送り続けることが出来るのだろう? PROFILE: 1949年、イギリスはウォルトン・オン・テムズ生まれ。60年代末にキッピングトン ・ロッジというポップ・バンドに参加し、5枚のシングルを残した後バンドはブリンズリー・シュウォーツへと変遷をとげ、70年代初頭の活況を呈するロンドンのパブ・ロッ ク・シ−ンの中心的存在となる。しかしコマ−シャルな成功とは縁遠いまま75年に解散。76年にスティッフ・レコ−ドを創設し、イギリスのインディ−ズ・レ−ベル・ブ−ムの先駆けとなったと同時に、パンク・ロックの台頭を予見するものとなっ た。1977年7月にリリ−スされたエルヴィス・コステロのデビュ−・アルバム『My Aim Is True』のプロデュ−スによりニックの評価はいっそう高まり、彼は続くエルヴィスの 5枚のアルバムをプロデュ−スし、その後も現在に至るまでライヴ、レコーディングなどでも共演している。78年にはソロ・デビュ−・アルバム『Jesus Of Cool 』が発表された。パフォ−マ−として活躍しながらニックはプロデュ−サ−としての成功もおさめ、79年にはプリンテンダ−ズのデビュ−・シングルをプロデュ−スする一方、2枚目のアルバム『Labour Of Lust』を発表。このアルバムからはニックの代表曲にな った「Cruel To Be Kind」の大ヒット(全米チャート第12位)も生まれた。多くの時間をプロデュ−サ−として過ごしながらも82年から90年の間に6枚のアルバムを世に送り出している。92年にはライ・ク−ダ−、ジム・ケルトナ−、そしてジョン・ハイアットらとリトル・ヴィレッジを結成、1枚のアルバムを発表しワ−ルド・ツア−を行った。またこの年にはブリンズリー 時代の名曲「Peace, Love & Understanding」がカ−ティス・スタイガ−ズによって カヴァ−され、映画『ボディガ−ド』のサウンドトラックに収録され、ニックは億万長者となった。94年のアルバム『The Impossible Bird』は名作となるべくして生まれたような作品で、高く評価され、収録曲の「I Live On A Battlefield」はダイアナ・ロス、ナンシー・グリフィスによってもカヴァ−されている。 |
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